私は天使なんかじゃない







晩餐






  和やかに語り合う。
  食事にはそういう効果がある。人間関係を円滑に促進させる意味合いがある。
  もちろん、どのような関係が築けるかはまた別問題。
  友好ムード?
  険悪モード?

  それはその場の雰囲気次第だ。
  それは……。





  展開は私を無視して急速に進んでいる。
  ……。
  ……すいません、本人置いてけぼりはかなり辛いんですけど。しかも私が結構大切な役目を担っているらしいし。
  病気の治療薬?
  圧政の打開策?
  完全に教えて貰ってません。
  それでいて私は今、奴隷王アッシャーのお膝元であるアップタウンにいる。
  晩餐にまで招かれてる。
  つまり。
  つまり奴隷王アッシャーとの謁見が許されているってわけだ。身近に近付ける。暗殺するなら好都合。
  なのに殺すなとミディアは言う。
  正確には傭兵ジェリコを通じての、ワーナーの指示らしい。
  私に何しろって言うのさ?
  殺すな、治療薬の形状は言わないけど奪え……全部私のアドリブに任せるって事なわけ?
  適当だよなぁ、ミディアもワーナーも。
  それとも私は本命に見えて実は陽動って事も考えられる。そしてワーナー側は私の事を潜入した曲者だとか何とか情報を流す、私は拘束
  もしくは抹殺、その間に本命の連中か治療薬を奪うとかもありえる。だからこそ治療薬が何かを言わないのかもしれない。
  治療薬を言わないからこそ私は動きようがない。
  要は、教えないのはそういう意味なのだろう。教える事で私の余計な動きを封じたいのだ。
  それともただズサンなだけ?
  それはそれでありえるかもなぁ。




  「ここです、ボス」
  「ありがとう」
  副官のアカハナの案内で私はヘブンに到着した。
  ピットの街の中心であり奴隷王アッシャーの屋敷がある区画だ。アップタウン、ダウンタウン、つまりピットの街の構造を見て思ったのは
  照明が多いって事だ。そこら中にある。意味は分かる。おそらくはトロッグ対策用だろう。
  トロッグは光に弱い。
  万が一侵入した場合には光で追い払うのだろう。
  ……。
  ……てか侵入するわけ?
  物騒な街だなぁ。
  それと気付いた事はもう1つある。アップタウンには奴隷はいないらしい。要はアップタウンは戦士の街、ダウンタウンは労働者の街、そういう
  区分けなのだろう。住み分けとしては理に叶ってるとは思う。無駄な衝突を避ける為の配慮だろう。
  どうしても支配側の人間は支配される側を軽視する傾向があるのは確かだからだ。
  住み分けをして衝突を避ける。
  そして双方の区画を隔絶する事でアップタウンへの憧憬を強める狙いがあるのだろう。アリーナで勝てば移住出来る、待遇も変わる、それは
  希望としてダウンタウン側の人間の心に影響する。
  為政者としては有能なのかもしれない、奴隷王アッシャーはね。
  もちろん私の勝手な思い込みだけどさ。
  本当は暗愚なのかもしれない。
  「ボス」
  「何?」
  「アッシャー様との目通りはまず普通ならありえない事です。どうか光栄に思ってください」
  「まあ、緊張しろって事ね?」
  「はい」
  「了解」
  「ご理解頂き感謝です」
  緊張ねぇ。
  あんまり凄い人物にも思えないんですけど。
  何しろアッシャーの屋敷の前には巨大な像がある。巨像は人型だから人間、そしておそらくはアッシャー自身なのかなぁ。
  像には権力の誇示の意味合いがあるのは確かだ。
  そういう人物が大層な人物には思えない。もちろんワーナーやミディアの観点からアッシャーを見る事は私には出来ない。何故ならまったくの
  初対面だからだ。圧政も味わってないしどうしてもリアルにこの街の状況を肌で感じる事が出来ない。
  それは仕方ないだろう。
  「ボス、俺は……いえ、自分は外で待機しています」
  「俺でいいわ」
  「しかし」
  「一人称は俺でいいわ。これは命令よ」
  「分かりました、ボス」
  律儀なモヒカンだ。
  ……。
  ……いやまあ、モヒカン=横暴な雑魚敵、というのは北斗の拳からの偏見よね。
  気をつけよう。
  ただ恰好がレイダーだからどうしても『ひゃっはぁー☆』と叫び出しそうな雰囲気ではある。私の部下達には別の防具を装備させようかなぁ。
  レイダー仕切る姐御というポジションはエリニースがいるし。二番煎じは嫌いです、私。
  だけど私も波乱万丈だなぁ。
  グリン・フィスには『主』と呼ばれるし今度からは副官アカハナと部下9名からは『ボス』と呼ばれるわけだ。
  出世したもんだ、私。
  さて。
  「ところでアカハナ、質問があるんだけど、あの照明ってトロッグ除けよね?」
  「そうです。それが何か?」
  「ワイルドマン避けにはなるの?」
  「ワイルドマン」
  「ええ」
  スチールヤードで聞いた名前だ。確かアカハナの前のボスが他のボス達と共に討伐にスチールヤードに出張ったはずだけど。
  強化型32口径ピストルの元の持ち主は『妙な連中に撃たれた』と記していたし。
  何者だろ。
  ミディアには聞きそびれたのでアカハナに聞いてみたってわけだ。
  「何者なの、それ」
  「過去の産物です」
  「過去の?」
  「天罰はご存知ですか?」
  「知ってる」
  「BOSに20年前にワイルドマンは全て一掃されました。トロッグはワイルドマンの出来損ないなのですよ」
  「出来損ない?」
  「一定の知性を保ったまま狂人と化すのがワイルドマンです。人の姿を維持したまま暴走するんです。銃も使う。研究では、ワイルドマンと化す
  確率はほぼゼロのようです。大抵はトロッグになる。全面核戦争の際に何らかの影響を受けた人間がワイルドマンになるらしいです」
  「何らかの影響って?」
  「さあ。それは」
  「つまり、その何らかの影響が今は失われた?」
  「そういう事です。戦後から存在していたワイルドマンはBOSに排除された、今は既に存在しませんよ」
  「じゃあスチールヤードのワイルドマンらしき妙な連中は?」
  「耳がお早いですね。とこからその情報を?」
  「まあ、色々と」
  「そうですか。さて、質問の妙な連中が何者かは我々にも分かってません。反乱分子の可能性が高いですね」
  「ああ。そうなの」
  つまりワーナーの一派がスチールヤードに潜んでいる可能性が高いってわけだ。
  なるほどねぇ。
  ワーナーは舞い戻ってる、そしてそこから傭兵ジェリコをダウンタウンのミディアの元に伝令として送り込んでいるのだろう。
  でも妙な連中って事は複数形だ。
  仲間の奴隷かな?
  それともアッシャーの軍の一部を取り込んでいるのかな。
  まあどっちでもいいけど。
  「じゃあ行って来るわ。アカハナも来る?」
  「自分の階級では立ち入れませんので」
  「ふぅん」
  「ボス、晩餐をお楽しみください」
  「ありがとう」




  アッシャーの屋敷の中は……まあ、広いだけかなぁー。
  使えない部屋も多いようだ。天井が崩れてるし。
  欠損した床や階段にもツギハギ修繕が多い。日曜大工程度の修復だ。もちろんそれでもこの街の水準で行けば権力者の屋敷として充分だろう。

  守備の面々の数も結構いる。
  驚いたのは私の武装をそのままにしたって事だ。
  刺客だと怪しまないのかな?
  まあ、私は刺客じゃないけどね。別に殺す意味もないし。とりあえず今の段階では特段アッシャーに対しての敵意はない。
  基本的に好きでも嫌いでもないです。
  今はねー。
  「こちらです。ここでお待ちください」
  「分かったわ」
  案内されたのはアッシャーの執務室の前。
  扉は閉まってる。
  人を呼んで置きながら仕事でもしてるのかな?
  終わるまで待てって事らしい。
  邸内を案内してくれたレイダーは一礼して、回れ右、そのまま立ち去る。
  ふぅん。
  恰好はレイダーでも礼儀正しい奴は礼儀正しいらしい。見た目で偏見を持つのは駄目って事かなぁ。
  要は戦士ってわけだ。この街のレイダーは。
  軍人?
  兵士?
  まあ、呼び方は何でもいいけどこの街の守護が任務なのだろう。
  偏見を取り除いて見てみよう。
  そうやって見るとこの街って機能的には問題ないように思える。奴隷王の手腕の現われだとしたら……凄い奴よね。
  「ん?」
  扉の向こうから声が聞こえてくる。
  男2人の声だ。
  耳を澄ます。
  1つの声は奴隷王アッシャーだろう。演説の際の声と同じだ。てかここはアッシャーの執務室だし、アッシャーの声なのは確かよね、うん。
  そしてもう1つの声は腹心のー……クレンショーだっけ?
  私を晩餐に招くべく来た奴だ。
  声が聞こえてくる。

  「アッシャー様。奴らはきっと何かを企んでいます」
  「言っておくがそれはもう大丈夫だ。……話なら聞こう。秩序を護る為にささやかな裁きを下した後でならな」
  「死人を生き返らせて追跡調査でもすると仰るのですか?」
  「いや。だが週末には病人も治療できるかもしれん。時間が許せば、だがな」
  「ワーナーが舞い戻ったのが目撃されています。奴隷どもの間でも噂が飛び交っているようです。不穏な動きが活性化しつつあります」
  「労働者だ」
  「はい?」
  「彼ら彼女らは労働者だ。その方が士気も上がるし希望も抱けるだろう?」
  「呼び名の事はともかく、奴らはあり合わせの物で武装しつつあります」
  「分かった分かった。全部隊警戒するように通達しろ。ダウンタウンの労働者達に気を付けろとな。それとミディアからは絶対に目を離すな。どんな
  大事件にもあの女が一枚噛んでくる。奴はワーナーの信奉者であり右腕だ。いいな?」
  「分かりました」
  「さて、私はこれから新しい友人と晩餐を共にする。何か問題が起きたらすぐに報告してくれ」
  「了解です」
  「さあ、終わりだ。下がりたまえ」
  「はい」


  ガチャ。
  突然扉が開く。クレンショーと私は思わず目が合うものの、彼は何も言わずにそのまま素通る。
  「入ってくれ」
  パワーアーマーを着込んだ黒人が私を招く。
  奴隷王アッシャーだ。
  私は部屋に入る。

  何気なく天井を見ると監視カメラと自動保安システムの機銃型タレットがあった。
  「チャンピオン、来たか」
  「お招き頂き感謝です」
  「うむ」
  「私は……」
  「知っている。ミスティという名だな。私の名は言うまでもないだろう。結構悪名高いはずだからな」
  自分で自分の事を悪名高いねぇ。
  なかなか侮れん。

  「さて、待たせて悪かったな」
  「いえ。問題はないです」
  「そうか。見た感じ奴隷ではなさそうだな。……ああ、弁解は必要ない。見れば分かる、誰だってな。問題はないよ、君は勝った、それだけの事だ」
  「それはどうも」
  まあ見れば分かるわよね。
  腕にはPIPBOYしてるし。
  「アリーナでは実に見事な戦いだったぞ」
  鷹揚そうにアッシャーは笑った。
  なかなかの人物なのかも。
  少なくとも肝が据わっているのは確かだろう。私が何者なのかも分からないのを知っておきながらのこの会話。
  なかなか侮れない。
  「晩餐の容易は既に出来ている。ラフな格好の方がいいだろう、妻のドレスを貸して貰うといい」
  「妻?」
  「ああ。サンドラという名でな、私の家内だ。晩餐には同席させてもらうぞ、問題はあるか?」
  「いいえ」
  「では来てくれ。今日はたらふく食って行ってくれ。色々と話したい事もあるからゆっくりしていくといい。さあ、こっちだ」
  「はい」